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パワースポット熊野三山の奥宮「玉置神社」

人里遠く離れた奈良県南部、古くより熊野から吉野に至る熊野・大
峰修験の行場の一つとされ、熊野三山の奥院と称せられ霊場として
栄えた世界遺産 玉置神社。これは接客態度が悪くて日本食が美味
しいある店での会話。「僕、以前熊野三山の神社・仏閣巡りをして来
たことがあるのですが今年4年振りに行こうと思っているんですよ。」
この男性は後に巡拝の旅における最重要人物です。
仮の名前を勝さんと呼ぶことにします。「三山ってあの世界遺産に
登録された熊野古道の所?」と店長。信心深くもない上に階段と坂
道と雨の日が嫌いな私は最初その話を聞いた時、「あ〜らっっ、ご苦労さん。」とまるで他人事のように思えていました。しかし、勝さんワールドに引き込まれた私はハイボールのピッチ上がり、否応でもウィスキ
ー濃度が濃くなってきたこともあって遂に気持ちが高まりつい口から出た言葉が「僕も連れて行って下さい!いゃ、同行させて下さい。」と声高らかにお願いをしてしまったのです。その時、1月。

男子たる者、一度口に出した言葉は取り戻してはいけません!ノミの心臓を持つ、店長に防衛本・・、いゃ闘争心に火がついたのです。「ところで行くのは何月頃を予定していますか?」と店長。
勝さん「5月くらいですかね。季節的にもその頃がいいと思います。」店長「ニャリ、なーんだ余裕だな・・・
。」この余裕とゆとりこそが後で痛い目あうことになります。今を思い起こせばこの時から少しずつ、トレーニングを開始しておけばよかったのに、とつくづく思いましたね。それから数ヶ月が経過し、また勝さんと六甲周辺で食事をすることになりました。一件目、二件目と植木さんの歌じゃないですが「♪ちょいと一杯のつもりで飲んでー、分かっちゃいるけど・・、」と正にそのものです。話も盛り上がっていく中、熊野三山のことも忘れかけていた私に「歩く練習していますか?」と顔面蒼白神経痛になるようなボクシングでいえば無防御の私にアッパーパンチを浴びせた勝さんの一言。思わず「ここはどこ?私は誰?」

しかし、この言葉は貴重な養分となりました。5月15日に行くことに決め、その翌日から胃から汗が出るくらいの猛練習を課すことを決意したのです。毎日、10km前後をひたすら歩き、雨の日はエアロバイクを漕ぎ頑張りました。たったの10kmが猛練習だなんて、と失笑を買ってしまいそうですが、普段、運動をしない私にとって足は攣るわ、腰は痛いわ、毎日がヘトヘトだったのです。「ところで15日は何時にどこに集合ですか?」勝さん「朝は早めに出ましょう。3時にご自宅までお迎えに参ります。」
「ギャートルズ〜!!山だから、山路?」と下らないギャグを飛ばす店長。「3時頃はまだまだ仕事の途中ですが、朝の3時ですよね?15時じゃなしに。」12時は、いゃ一時はどうなるかと思いました。

当日、約束の時間前に勝さんは迎えに来ていました。話には聞いていましたが、ピッカピカのメルセデスベンツです。
ルックスは勿論のこと、装備や走行性、安全性、環境への配慮などは、いつも真っ先に取り組み他の自動車メーカーを先導してきたことでは多いに評価出来ます。外車というと燃費が悪くて、と思われている方もいると思いますが、その点ベンツは経済性にも優れているのです。国産車や多くの輸入車も10万kmも走るとそろそろ・・・な感じがしますが、整備されたベンツはまだまだこれから30万kmもヘッチャラです。てなことで一路、玉置神社に向かいました。玉置神社は世界遺産に登録されている熊野三山の奥宮になり、奈良県の十津川村に位置しています。ともかく山道でしかもどんどん上って行くのです。車から見えるのは向かいの山肌・・・。
標高は1,000mくらいでしょうか。駐車場に到着し、さっそく神社に向かいましたが、私を待ち受けていたのが樹齢3,000年の神代杉や夫婦杉の壮大と神秘の世界。しかも玉置神社は呼ばれた人しか行くことが出来ない、といわれているのですが「あっ、俺は呼ばれていた訳ね。」と高をくくっていたのです。
参拝も終わり勝さんが「折角ですから頂上まで登ってみましょう。」この気軽な山登りが今回の巡拝の一番の苦行になろうとは・・・。そして私は勝さんの後について登ったのですが、何せ足元は滑るわ、なかなかの傾斜だし、勿論手すりはあるはずもない。「え〜っ、アディダスのシューズじゃまずいかも。」と嘆いても後の祭り。途中、恵の杖を発見しましたが補助にはなりませんでした。そうしているうち、腿がパンパンになり息が苦しくなり、目はうつろ。でも勝さんは平気でスタスタと登って行くのでここで足手まといだけにはなるまいと必死のパッチで頑張りましたが、喉からは出血をし、汗は滝のように流れ、鼻水は小川のように流れ、開始早々私の体はもはや生き物として危うい状態に達していました。「あの辛かった特訓はなんだったのか・・・。」と思う余裕もなくもがき苦しみに耐え、登っていたら何か上空のようなものが見えてきたのです。確かにゴールは近いもう少し・・。そして命辛辛ついに頂上に辿りつきました。
勝さん「あ〜っ、頂上は気持ちがいぃ〜。」私「あのね・・・。」続く

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